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【No.34】ケニア西部の歩き方 

*・――――――――――;・*・――――*・**―・*・*∵――――――――――――――――――*∵

l BenzoのWeb通信 ――・*・∵

l がじゅまる通信

l【本日のおしながき:ケニア西部の歩き方】

l                                             Vol.34

*∵―――――――――――――――――――――*2011年4月25日発行*∵――――――――*∵

こんにちは。久々の学級通信の発行です。

さて、みんなは新学期、どんな気持ちですごしているのでしょうか。

地震のことなどで毎日の生活はそれなりに大変だとは思いますが、

自分たちなりに考えて、できることをしていきましょう。

4月も後半戦。もうすぐゴールデンウィークですね。

ケニアでは一足早くケニア版ゴールデンウィークのイースターホリデーの最中です。

とはいっても、我が更生学校は土日祝日関係なしです。

いつもと違って、半日活動ですが。(笑)




●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●


       ケニア西部の歩き方


●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●

一昨年末のベトナム・ラオス・タイ放浪旅行以来の久々の旅です。

協力隊員はJICAへ旅の行程表を提出する義務があるので、

これまでにBenzoがしてきたいきあたりばったりの放浪の旅とは行きませんが、

それでも、約1年3ヶ月ぶりの異文化体験旅行には、とてもテンションがあがりました。

今回の旅の目的は、先輩隊員の任地訪問とボランティアのお手伝いのため。

行き当たりばったりではないけれども、旅のスタイルはこれまでどおり。

宿の手配などは、色々とJICA規定があるので先輩隊員の方々にお任せしてしまいましたが。

ということで、1週間の旅に行ってきました。

ケニアに来て初めてのナイロビを脱出(?)です。

今回は、主にケニアの西部地域を見て回りました。





4月9日(土)

ナイロビからケニアの西部にある第三の都市キスムへ。

(キスム情報:「地球の歩き方:東アフリカ」P.222~P.225)

この日は、移動だけで終了しました。6時間半の移動。

ついた頃には、日もとっぷりと暮れて、あたりは真っ暗でした。

キスムについて先輩隊員に連絡し、中華料理屋さんで合流。

普段、任地で飽きるほどケニア食を食べているので、

久々の中華料理に、お腹も心も癒されました。

値段は12人で食べて一人当たり1,000Ksh(ケニアシリング1Ksh≒0.9円)。

久々に贅沢をしました。

中華料理屋の名前は「Oriental Restaurant」。

地球の歩き方(以下、歩き方)のP.222の地図で説明すると

A2の右はし付近にあります。近くにNUKUMATT TOWNというちょっとしたモールがあり、

大通りをはさんで向かい側茶色い建物の2階にOriental Restaurantがあります。

因みに、歩き方には載っていません。

この日は、みんなで晩御飯を食べたあとすぐにホテルに直行。

滞在したホテルは「Museum View Hotel」。歩き方ではP.225に載っています。

この日は、何人かの協力隊員と一緒に泊まったので朝食付き一泊800Kshで安く泊まれました。

ホテル到着後、1週間後に行われるKESTES(ケステス:後のブログで後述)主催で行われる、

キスム子どもフェスティバルの打ち合わせ。1時過ぎに就寝しました。

Zzz・・・















プーン、ブーン、ブーン、・・・。

パチン!バシッ!!ビシッ!!バン!!・・・!!

めっちゃ蚊がおるー!!蚊帳に穴があいとるー!!蚊に刺されるー!!

という事で、寝不足の朝を迎えました。。。。






4月10日(日)

朝から先輩隊員の配属先キスム博物館(歩き方P.224)でキスム子どもフェスティバルの準備。

Benzoは日本のおもちゃ紹介に使う竹馬の作成と

先輩隊員が作っていたでっかいタイムテーブルの作成のお手伝いをしました。

夕方ごろ次の目的地ケリチョに移動のため、協力隊員8人でキスムのマタツステージへ。

ケリチョ行きのマタツを探していると、どこからともなく客引きが。

客引きに「ケリチョに行きたいんだ。」と伝えると、

客引きは「ケリチョまで一人300Kshね。」と若干高めの料金を要求。

先輩隊員からキスム⇔ケリチョ間の料金は一人250Kshと聞いていたので、

「ちょっと高いんちゃうん!?」というと、

「イースター休暇(ケニアのGW的なもの)前で値段が上がってる。」というので、

しょうがなく納得してマタツに乗り込むと、他の乗客は250Kshしか払っていないことが発覚!!

文句を言うと、客引きとコンダクターが他の人に「もう50Kshを払え!!」と逆切れ!(汗)

他の乗客に迷惑がかかるので、その場は折れることにした。

1人あたりたった50円ぐらいの話だけれども、嘘をつかれるのはやっぱり嫌です。

たぶん客引きも仕事としてやっているので、仲介料がないと仕事にならないんだと思う。

だから、労働に対する報酬としてそれぐらいマージンはとってもいいと思う。

でもさ、ちゃんとした仕事をしてるんだから、嘘なんかつかなくてもいいのにね。

「仲介料だよ。」って言ってくれれば、それで済んだ話。

ちょっと後味が悪かったなぁ。

さて、話を戻しましょう。

ケリチョは、キスムから東へマタツで1時間半ほどいったところにあります。

2番目にBenzoが訪れた場所ケリチョ。

ケニアには、まだ訪れていない場所や地域がたくさんあるけれども、

今のところ、ケリチョがBenzoの一番お気に入りの街。

歩き方にも載っていなくて、ケニアでは見落とされがちな小さな街ですが、

朝の雰囲気がなんとなく東南アジアの山岳地帯の町に似ています。

ケリチョの町①


ケリチョの町②


ケリチョの町③


けりちょの町④


観光スポットは何もない普通の街ですが、お茶の名産地で、

旅の中休みに2,3日立ち寄るにはこの上なく適した場所だと思います。

ただ、ケリチョには安宿はありません。

まぁ、バックパッカーがほとんど立ち寄らない街なので、当然といえば当然ですが。

宿泊場所はSunshine Hotel(シングル1泊朝食なし1200Ksh)。

少し高めの宿でしたが、ホットシャワー付きで、ベッドや寝具なども申し分なく快適でした。






4月11日(月)

ケニアの青少年活動隊員おなじみのハートにシュートが

先輩隊員の配属先、ケリチョ男子更生学校で行われました。(後のブログに後述

夕方、ハートにシュートを終えて、再び、第3の都市キスムへ。

ケリチョのマタツステージに行くと、キスム行きのマタツがあったのですぐにゲット。

ゲットした時間が5時過ぎ。しかし、ケニアのマタツは満員にならないと出発しない。

文字通りポレポレ(ゆっくり)の交通機関なのです。

マタツが満員になって出発したのが6時過ぎ。1時間近く出発を待ちました。

再びキスムに戻ってきたのが8時近く。

この日は、TUSKEYSという大型スーパーマーケットが入っている

ショッピングモールにあるオープンテラスのバー的なお店のカレーを食べました。

TUSKEYSは歩き方P.222の地図のB1真ん中らへんにあるジョモケニヤッタ通り沿いにあります。

正面ゲートを入って右側にそのバーらしきものがあります。

1食400Ksh程度で、辛さは確か調節できたと思います。(もう忘れた。)

この日は、先輩隊員のお宅にお世話になりました。

先輩隊員の家に行ってびっくりしたのが、水なし生活の過酷さ。

聞けば、去年の大晦日からずーっと水が出ていないとか。

(その後水が来て大変喜んでいました。)

生まれて初めて、バケツ半分の水だけでお風呂に入りました。

ナイロビの自分の任地では、きれいな水とは言わないまでも、

蛇口をひねれば豊富に水が出て、断水になることはないし、

水を1ヶ月にたくさん使っても300円ぐらいなので、

日本と同じ感覚で水を使っていましたが、

水の貴重さを身をもって勉強しました。

いい経験をしたなぁ。

先輩隊員の自宅周辺



4月12日(火)

キスムのエイズ対策隊員の先輩の配属先を訪問。

この先輩は配属先が2つあって、そのうちの1つの配属先の病院を訪問しました。

そこでの、先輩隊員のお仕事はデータの打ち込みと管理。

日本の病院の事務職の仕事をしていました。

青年海外協力隊と聞くと、精力的に活動して活躍するイメージがありますが、

(少なくとも、協力隊に来る前のBenzoはそうでした。)

地味な活動をしている人もいます。

でも、協力隊員がそういう活動をするということは、

現地の人に、そういう処理能力がなかなか備わっていなかったり、

予算の関係で、事務職を雇うことができなかったりする

ということがいえると思います。

保健衛生の分野で、データの打ち込みと管理はとても大切なこと。

それが後のデータ分析につながり、患者さんの命を救うきっかけにもなります。

先輩隊員の地道な活動のおかげで守られている病院の

患者さんたちがいることは紛れもない事実です。

そんな先輩隊員の活動を見て、自分もどんなに地味な活動でも、

ケニアの子どもたちのためにしっかりとこなしていこうと思いました。

さて、この日の昼食はキスム名物(?)のサマキフライ。

サマキはスワヒリ語で「魚」という意味。

文字通り魚のフライです。

写真のように、油で揚げられた魚の上に

ケール(青汁に入ってるやつ)とトマトとにんにくで

煮込まれたソースがかけられています。

サマキフライ


魚は、ティラピアといって、日本では観賞用の熱帯魚として

ペットショップや熱帯魚屋で売られています。

そんな情報を知っていただけに、

食べるのには若干抵抗があったのですが、

食べてみるとこれが淡白で全く泥臭くなくてとてもおいしかった!

ただ、どっぷりケニア文化ということで、

食べるときはフォークもナイフも使わずに手で直接食べました。

揚げたてのサマキを手づかみするのはちょっと難しくて、

火傷もしそうな勢いでしたが、先輩隊員は手の皮が分厚いケニア人のように、

涼しい顔をしてサマキをパクパクと口に放り込んでいました。(汗)

この日は、キスム博物館に配属されている先輩隊員のお宅にお世話になりました。




4月13日(水)

朝から、今年1月にキスムにできたばかりのJICAのキスム事務所に訪問。

たぶん、帰国までにもう来ることはないであろうキスム事務所。

ちょうど先輩隊員が書類のコピーがあるというので、

Benzoも一度は見ておきたいということで、用もないのにキスム事務所に訪問。

そのときに、キスム事務所の休憩室から撮ったのがビクトリア湖の写真です。

JICAキスム事務所からの風景

湖の湖岸近くに群生している緑色のものはヒヤシンス。

この時期になると、一部の湖岸を埋め尽くすほど、大量に発生するそうです。

驚くべき生命力!!

11時ごろから16日(土)に行われるキスム子どもフェスティバルのチラシを配りに

キスム郊外の小学校を地図を片手に一人で訪問。

間違いだらけのブロークンイングリッシュとブロークンスワヒリをミックスしながら、

一生懸命学校の先生や校長先生にKESTESとキスム子どもフェスティバルの趣旨を説明。

多くの先生方が、キスム子どもフェスティバルに関心を抱いてくれていました。

午前中に1人で3校回ったところで、キスム名物灼熱の太陽が

ひ弱なナイロビ隊員Benzoに襲い掛かって、遭えなくKnock Out・・・。

TUSKYESに非難し、弱冷房ではあるけれども、クーラーに当って休憩する。

ケニアは日本より暑いのに日本ほどクーラーが普及していない。

それでも、何も問題なく生活ができる。

予断ですが、今年の日本の夏は計画停電で猛暑になるといっているけど、

実はBenzoはその逆を予想しています。

クーラーを使うと、その熱で周辺の温度が一気に上がるのはみんなも知ってのとおり。

けれども、日本中で今まで一斉に使っていたクーラーが使えなくなるということは、

その分、地球の温度が下がることを意味します。

今、日本で生活をしていないBenzoが

この学級通信を通していうことではないかもしれないけれども、

いろいろと暗いニュースが流れる今日この頃の日本。

でも、考え方を変えてそこから楽しみを見出して生活するのも必要ではないでしょうか。

以上、予断でした。

さて、午後からは先輩隊員も合流してくれて、

さらに郊外の2つの小学校にチラシを配りに行きました。

土曜日、たくさんの子どもたちが来てくれたらいいなぁ。

写真は、広報活動中に撮ったキスム郊外の写真です。

キスム郊外


夕方、キスムの東側にあるNUKUMATT MEGA CITYへ先輩隊員、後輩隊員とともに食事に行く。

NUKUMATT MEGA CITYは歩き方のP.222の地図からは外れていますが、

地図上B2にあるナイロビロードを東に行ったところにあります。

ここの2階にインドカレー屋さんがあるのですが、

このお店には裏メニューがあり、なんとそれがJAPANESE CURRY RICE!!

先輩隊員の話によると、日本のカレールーを使用して作っているとか。

ケニア人よ、どこから日本のルーを仕入れているんだ?教えて欲しい・・・。

久々に食べる日本のカレーは涙が出るほど感激しました。

因みに、1食400Ksh。その他にハヤシライスもありましたが、ハヤシは350Kshでした。

カレー自体は甘口なので、スパイシーがお好みの方には物足りないかも。

この日も、同じ先輩隊員のお宅にお世話になりました。



4月14日(木)

先輩隊員がキスム子どもフェスティバルで

ケニアの子どもたちに凧(タコ:お正月に遊ぶあれね)上げ体験をさせるというので、

朝のキスムの街を散歩がてら、お遣いで漁業専門店に投網の修理用の糸を買いに行く。

さすがに2日もキスムの街を歩き回れば結構詳しくなる。

一人で歩いて任務を遂行しました。

11時ごろ、さらに西のウガンダ国境近くにあるボンドを目指して、

ナイロビからやってきた先輩隊員2人とキスムで合流しました。

ボンドへ行く目的は、別のエイズ対策隊員の先輩隊員の任地を訪問するため。

実はBenzo、協力隊の受験は2回目で合格しましたが、

1回目の受験はエイズ対策の職種で受験しました。

それだけ、感染症や、人の生死について興味があって、

自分の人生のテーマとして考えています。

さて、ボンドは歩き方にも載っていないし、歩き方の地図にすら出ていません。

キスムからマタツで2時間(料金150Ksh)のところにあります。

典型的な農村部で、貨幣経済の枠組みの中で考えれば貧しい町です。

ただ、貨幣経済の枠組みから外して考えれば、

肥沃な土地、豊かな自然を持ち合わせたとても豊かな町でした。

この件に関しては後のブログで後述します。

到着してすぐに先輩隊員の配属先の病院を見学。

その後、ボンドの町周辺を先輩の案内で散策しました。

この日は1泊1500Ksh(朝食付き)のシングルに泊まりました。

ごめんなさい。レシートなくしてしまってホテルの情報がフォローできません。(汗)




4月15日(金)

ホテルをチェックアウト後、再び先輩の配属先へ。

施設の見学を一通り終えたあと、キスムに向けてボンドを出発。

このときに乗ったマタツの席が助手席しか空いてなかったので、

助手席に乗ったら、運転手のおっちゃんがめっちゃフレンドリーで

いろいろと話をしました。

Benzoがスワヒリ語が少し話せることが分かると、早口なスワヒリで会話され、

「ちょっとしか話せないぜ。」というと、色々とスワヒリを教えてくれました。

が、教えてもらったスワヒリは、日本の訓練所で教わったものばかり。

しかも、Benzoが忘れていたものばかり。

改めて、日々の積み重ねが大切だと痛感しました。

因みに、マタツのおっちゃんの情報によると、ボンドはケニアの首相の出身地だとか。

さて、1時過ぎに、キスムに戻ってきて博物館に直行。

すぐに、翌日に行われるキスム子どもフェスティバルの準備とリハーサルに参加。

当日は、科学館ブースで「ストローで楽器をつくろう!」の授業者に抜擢され、

久々に、子どもたちの前で授業をすることにテンションが上々↑↑。

さらに、よさこいソーランのダンスにも参加することになり、

1日限りのダンス猛特訓。

その後、「世界に一つだけの花」の英語版特大歌詞カードを急遽作ることになり、

自分が中心となって同期隊員、22年度3次隊と一緒に1時間で超特急作成。

作成が終了したところで、本日の活動終了。

そのあと22年度2次隊と22年度3次隊で食事に行きました。

行ったところはSimba Clubというインド料理のお店。

歩き方P.222の地図B1真ん中あたりにポツンとだけ載っていて、

その他には何の情報もないお店ですが、

実はこのお店、会員制の高級インド料理店なのです。

協力隊員の現地生活費からは似つかわしくないお店ですが、

実は毎週金曜日の夜だけ、一般向けに500kshで食べ放題というイベントをやっています。

金曜の夜だけ、協力隊員や旅人向けのリーズナブルなお店に大変身というわけです。

特にこのお店のナンが非常においしくて、定評があります。

このときだけは、ケニアにいることを一瞬忘れそうになりました。

この日は、以前泊まった蚊の多い「Museum View Hotel」。

日曜朝までの2晩、蚊と戦いながらの夜をすごすことになります。

案の定、蚊帳にはまたもや大きな穴が。

ベッドマットに無理やり穴の部分を挟み込んでみたら・・・

ビリビリビリー・・・

穴がさらに大きくなりました・・・。

おかげでその日の晩は蚊に刺されまくり。

日本から持ってきたキンカンが大活躍した夜でした。




2月16日(土)

いよいよキスム子どもフェスティバル当日。

が、ここで事件が起きました。

朝食、いつものような食欲がなく、食事も早々に済ませてキスム博物館へ。

イベント準備をしていると背筋に妙な寒気を感じる。

だんだん、体の節々に痛みを感じて、意識も朦朧(もうろう)としてきた。

そんな中、キスム子どもフェスティバルスタート。

オープニングセレモニーの中で、自分には科学館ブースの説明をする任務がありましたが、

その任務を終えた時点で、あえなくKnock Out・・・。

すぐに控え室に引き上げて昼過ぎまで寝込む。

めっちゃ暑いキスムなのに、めっちゃ寒い。

持ってきた防寒具を着込むけどそれでも寒い。

まわりの隊員めっちゃ心配してくれる。みんなやさしー!!(涙)

そのうちマラリアじゃないかといううわさが広がる。

めっちゃ心配になる。

寝る。

寒い。

日向に移動してシエスタしながら寝る。

猛暑のはずなのになぜかぽかぽかと暖かくて気持ちいい。

昼過ぎ、実行委員長からホテルに帰って寝とけと指示がでる。

一人ホテルに帰って寂しく寝る。

キスム博物館から子どもたちの歓声が聞こえてくる。

ぬおー!イベント行きてぇ!

が、体動かず。トイレに何度も駆け込む。

夕方、イベント終了後、心配したキスムの先輩隊員が

体温計とマラリア検査キットをホテルの部屋まで持ってきてくれた。

熱を測る。38.6℃。39℃近く出たのは久々だー・・・。

という事で、すぐにマラリアの検査をする。

結果、(-)陰性。

ということは、あと考えられるのは食中毒。

食中毒にはかなり気を使っていたので、心当たりが全くない。

こうなるとあとは、旅で経験してきたことから得た知識を総動員して、

とりあえずの対処をするしかない。

心配して様子を見に来てくれた同期隊員に水とりんごジュースを頼んで買ってきてもらい、

その日の晩は、完全絶食をする。食べ物にあたったらこれしかない。

海外の食中毒の場合、正露丸飲んだら返って逆効果。

食欲がわくまで、何も食べずに水とジュースで水分を取りながら体力を維持する。

これで熱が下がらなければ、翌朝病院にダッシュと思っていましたが、

翌朝、なんとか熱も下がり、体も軽いので、そのままナイロビに帰ることに。



4月17日(日)

熱が下がったのか、頭も体もだいぶ軽い。

それでも、お腹はみずっぱらで、ナイロビへ帰る途中の休憩でも

一人トイレで便器を抱えてました。

それでも徐々に体調は回復し、ナイロビに到着する頃にはだいぶよくなりました。

任地に帰るのを1日伸ばして、その日の晩、協力隊ドミトリーに1泊。

食欲も少し出てきたので、先輩隊員が作ってくれた水炊き鍋を少しいただくことに。

あー、優しい先輩隊員。おいしい水炊き。

心もお腹も癒されました。



一週間の任国内旅行。

最後に大きな事件が待ち受けていましたが、なんとも充実した1週間でした。

おしまい。
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Posted on 2011/04/25 Mon. 16:06 [edit]

category: ケニア生活

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