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【No.82】サンバ卒業おめでとう!! 

前回の記事に引き続き、KESTESのことについて書いてみたいと思います。

12月19日、KESTESの定例総会が終わったあと、小さな食事会が催されました。

ちょっと予断になりますが、

KESTESはケニアのセカンダリスクールの生徒を支援して28年目になります。

しかし、その道のりは平たんな物ではありませんでした。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、

ケニアでは2007年12月の大統領選に伴う大規模な暴動があり、

協力隊員もケニア国外へ退避を余儀なくされました。

その結果、KESTESは一時的に解散しています。

その後、新生KESTESがケニアの協力隊員によって設立されました。

今回のサンバの卒業は新生KESTESが設立されて初めての卒業生ということで、

サンバの卒業をお祝いする会が催されました。

KESTESの活動では、僕はイベント企画を担当しているので、

今回、KESTES奨学生とKESTES委員の距離を縮める意味もあって、

他数名のイベント担当者と今回の会を企画しました。

当日の食事会には、以前のKESTES奨学金によってセカンダリスクールを卒業し、

その後、大学へ進学し、現在はジョモケニヤッタ大学で教鞭をとっていらっしゃる、

キホロ博士にもゲストとして参加していただきました。

今回、KESTES奨学生として無事セカンダリスクールを卒業したサンバは、

憧れの人がキホロ博士ということで、

この会の知らせを受けてから当日までずっと、

キホロ博士と会えるのを楽しみにしていたそうです。

当日、サンバがキホロ博士と対面すると、

サンバはとても緊張して、話が全くできない状態でした。

(こんな経験は自分にもあります。)

けれども、会が進んでいくにしたがって、

サンバ自身もこれからの自分の人生を生きていく上で、

自分の目標を達成していく上で、

どのように生きていけばいいのかを、

キホロ博士からアドバイスをもらっていました。

KESTESはセカンダリスクールの生徒のみを支援しているため、

セカンダリスクールを卒業したサンバは、

今後、自分の力で人生を切り開いていかなくてはなりません。

キホロ博士とサンバをつなぐことができたのは、

今回のイベントではとても大きな収穫だったと思います。

新生KESTESが設立されてから、

奨学生と奨学生OB、そしてKESTES委員をつないだイベントをするのは今回が初めてでした。

しかし、予想以上に奨学生とKESTES委員、

奨学生OBと奨学生、KESTES委員と奨学生OBの距離が縮まったことが

今回のイベントを企画して良かった点だと思っています。

さてさて、イベントの様子はFacebookにアップしてます。

KESTESの雰囲気や趣旨を少しでもご理解頂けると幸いです。

KESTESホームページはこちらをクリック



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Posted on 2012/01/06 Fri. 19:14 [edit]

category: KESTES

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06

【No.81】ジェーン・ワンジル・ジェンガ 

昨年末にKESTES奨学生候補者の話を記事にしたのを覚えているでしょうか?

この記事を書いたあとの12月19日、

彼女はKESTES奨学生としてKESTESに迎え入れられました。

この奨学生を担当するのは、女性隊員と自分の2人です。

今日は、その奨学生についてお話をしてみたいと思います。

彼女の名前は、ジェーン・ワンジル・ジェンガ。

ナイロビから車で3時間ほど行ったカラティナという地域にある

カラティナガールズハイスクールに通う18歳の女の子です。

以前にも書きましたが、彼女はナイロビのマダレスラムという場所に住んでいます。

とはいっても、ケニアの高校は全寮制の高校がごく一般的なので、

学期中はカラティナの学校で生活しています。

彼女は幼い頃からスラムで生活をし、

スラムならではのさまざまな出来事(良いことも悪いことも)を見て育ってきました。

少し話がそれますが、僕が活動するナイロビ近郊の更生学校には、

スラムからやってきたストリートチルドレンの子どもたちが生活しています。

多くの子どもたちは、貧しいため教育を受けられず、

家族や親との関係がうまくいかなかったりなどといったさまざまな理由で、

「人となり」を教えてもらえずに、

心の成長をさせてもらえなかった子どもたちがほとんどです。

そんなスラム出身の子どものイメージが付きまとってきたこの1年3ヶ月。

そんなときに出会ったのが、ジェーンでした。

彼女は、いつでもひたむきに勉強に励み、

学費の不安と闘いながらも、常に学年で1位、2位の成績を収めてきました。

はじめてあったときの印象は、とても物静かな女の子。

年頃の女の子と言うこともあり、

男である僕とは恥ずかしくて話ができない感じでした。

そんな彼女に僕は質問をしました。

「What do you want to be in your future?(将来何になりたい?)」

すると彼女はこう答えてくれました。

「I want to be a doctor.(私はお医者さんになりたい。)」

「Why?(何で?)」

けれども僕がこんな風に質問をしたところ、彼女は、

「・・・。」と笑みを浮かべながら沈黙を貫きました。

初対面であまり突っ込んで聞くのも可哀想だと思い、

その場は流しましたが、KESTESの奨学生に受理されるためには、

彼女の目標を知り、その目標をどのように達成していくかを聞く必要があります。

KESTESの申込用紙にも、奨学生本人が自分が考えている人生における目標について

具体的に作文にして書く項目があります。

ということで、ジェーンに作文を書いてもらいました。

なぜ、医者になりたいのか、そのために今何を頑張っているのか。

そのことについて書くように彼女に伝えると、

彼女は5分程度でA4の用紙2枚分にその想いを書き記してくれました。

後日、作文をKESTES委員に閲覧してもらうために日本語訳をしていて、

思わず感動して涙が出てしまいました。

そこに書かれていたジェーンの想いは以下のようなものでした。

「医者になって、スラムで苦しんでいる人々を助けたい。」

恥ずかしい話、僕は彼女の2倍近く生きていますが、

ここまで素直に人のことを思えません。

ただただ純粋に人のことを思いながら

お医者さんになる準備と努力を毎日重ねているジェーン。

その努力を周囲には話さずに内に秘めている彼女。

そんな彼女の不言実行振りに、大きく心を打たれました。

そんなわずか18歳のジェーンを素直に尊敬します。

残り9ヶ月、KESTES委員として、彼女の担当者として、

共に成長を遂げていきたいと思います。

最後に・・・

ジェーンがKESTESに提出した作文を添付して終わりたいと思います。




【私の夢】

みなさんこんにちは。

私は、ナイロビの特殊地域であるマダレスラム出身の誠実なケニア人です。

私は1993年9月1日に生まれ、まだマダレスラムで暮らしています。

スラムで暮らしていたために、

私の母と父は高校に通い続けることができませんでした。

私は3人兄弟の一番上として生まれました。

現在、私の父は日雇い労働者で、私の母は仕事がありません。

私の大きな夢は、医者になることです。

私が病で苦しむ人たちを助けたいと強く思うようになったのは、

長い間スラムでの生活を経験してきたからです。

私は、セント・テレサズ・ガールズプライマリー時代から、

常に好成績を収めてきました。また、*KCPEで375点を獲得するとともに、

*MOCKでは416点を獲得しました。

しかし、スラムで生活しながらこのように私が頑張ることができたのは、

私が欠かさずに聖書を読み、全能の神を常に忘れなかったからです。

私は学期ごとの勉強に集中しているので、

学校では優秀な成績を収めることができています。

どうか私を信じて下さい。

私は、自分でも全く思いもしていなかった強い信頼をまわりから得たので、

カラティナガールズハイスクールに行くことができたのだと思っています。

1年生から3年生の私の学費は、国会議員の奨学金で支払われました。

多くの奨学生がこの奨学金を争奪し合っていたので、

ときどきその支払額が少ないことがありました。

このような苦しいときでも、私は自分の夢を叶えるために、

神様に祈りながら、いつも以上に熱心に勉強に取り組んできました。

私はこの夢を叶えるために、夜の間、教室に残って予習をしているので、

少なくとも先生よりも前にシラバスを終えてしまうかもしれません。

こうしたことが、私の授業での理解や記憶力の向上にも役立っています。

私の2012年の成績に対する大きな目標は以下のようです。


数学:A 地理学:A 生物学:A
英語:A 聖書:A 化学:A
スワヒリ語:B+ ビジネス学:A


この目標は、いつも私のノートに書いています。

そして、この目標を達成するのはそんなに難しくないと信じています。

また、私がなぜスラムに住んでいるのか、

神様はその意義をよく知ってくださっているのだと、私は信じています。

だから私は、医者になってスラムに住む人々を助けるための努力をします。

そして私を信じ、私の学費を支払ってくださるKESTESのみなさまに、

私は心から感謝します。

私は、創造力と野心があり、学校ではまわりの模範となっています。

そして、私が目標を達成することをKESTESのみなさまに約束します。

どうもありがとうございました。

神のご加護がありますように。

ジェーン・ワンジル・ジェンガ

KESTESホームページはこちらをクリック



*KCPE・・・ケニアの高校に入るための全国統一試験。
*MOCK・・・ケニアの大学入試の模擬試験。毎年2学期に各学年で実施される。

Posted on 2012/01/05 Thu. 18:31 [edit]

category: KESTES

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05

【No.79】出会い、つながり、そして自分の成長のために 

こんにちは。ケニアよりBenzoです。

ハート ni シュート@更生学校カップのイベントも終わり、

配属先の保護者会&終了式も終わり、

ターム(学期)休みの足音もすぐそこまでやってきたという今日この頃。

学校が休みなら、活動も暇になるかと思いきや、

今年の自分はちと違う。

去年は暇すぎて死にそうでしたが・・・。

ターム中と比べると多少暇になりますが、

それでもなんやかんやで昼間は書類作成のため、パソコンとにらめっこする日々。

それに加えて、最近は新しい出会いのおかげで、生き生きと忙しい日々を送っている。



今日は先日話したKESTES奨学生の話。

この前のブログでも書きましたが、

最近、自分がケニア隊有志で活動しているKESTESの

奨学生支援担当者になろうと本気で考えています。

これまでのケースは隊員配属先の生徒というケースがお約束だったけど、

今回は、イベントブースの出展から繋がってきた話。

今は、その子はKESTES奨学生候補生ということになるのだろうけど、

何とかして、KESTES奨学生の仲間入りをさせてあげたいと考えている。

ブース出展からの話なので、その子の学校にはこれまでのように隊員がいるわけではない。

だから、若干細かいやり取りには時間もかかってくるだろうし、

自分の活動にも支障が出てくる可能性もある。

でも、決めました。

自分が帰国する来年9月24日まで、とことん支援をしていきたい。

そう思えたのは、先週彼女に始めてあって奨学金の話をしたときの彼女の顔が忘れられないから。

昨日、その子の家族に会って、彼女の家族がどんな家族なのかがわかったから。



KESTES奨学生になるためには、協力隊員の推薦が必要なので、

奨学生に申請しようとする場合、奨学生候補生とその子の家族に

推薦しようとしている協力隊員が会って面談をする必要がある。

家族に会ってきたのは、どんな生育暦バックグラウンドを持った子どもなのかを調査するため。

インタビューって結構思ったよりも難しかった。

けど、ケニアに来たときにJICAのスタディーツアーでミツンバを訪問したときの経験が生きた。

まず、名前、年齢、出身、家族構成から聞き取りを始めて、

仕事やお母さんが結婚した時期を聞いていき、最終的に家計のことまで聞き出していく。

奨学生として申請しようとしている子は18歳の*高校4年生の女の子で、

生まれた頃からナイロビにあるマダレスラムで育ったということだった。

彼女は、3人兄弟の一番上で、下に奨学生の妹と弟がいる。

二人は公立の学校に通うけれども、学校の施設維持費などでお金の出費がある。

家の家賃は、一月2,000*ケニアシリングの家に住んでいるけど、

だいたいスラムの家ということだからどんな家かは想像がつく。

生活費は、お父さんが毎朝マンダジを売って1日200ケニアシリングを稼ぐのがやっと。

単純計算で1日の稼ぎを1か月分に直すと、収入は6,000ケニアシリング。

そのうちの3分の1が家賃で消える。

残った金額4,000ケニアシリングの中から

家族5人全員の食費や子どもたちの学費を搾り出さないといけない。

単純計算で割ると1人当りに使えるお金は1月800ケニアシリング。

それを1日換算すると、1人当り1日約26ケニアシリング。

因みに、ケニアの高校の年間学費の平均値はだいたい35,000ケニアシリングぐらい。

そんな生活状態で、子どもの学費を出すのは到底難しい。




彼女の夢は、将来お医者さんになって、スラムの人々を助けること。

生まれた頃から、身を寄せ合って苦しいときも嬉しいときも

スラムの人たちと共に生き抜いてきた彼女だからこそ持てる夢なのだろうと思った。

いままでの3年分の学費は近所の人たちからの寄付金で賄ってきたそうだ。

この寄付金は、彼女のお母さんが近所の人たちに必死にお願いして

3年間頑張って集めてきた。

そんな話を聞いていたら胸が詰まった。

でも、ママはいっつも笑顔!

子どもたちが頑張れるのも、ママのこの笑顔のおかげだと思った。

こんなにたくましくて、頼りがいのあるママ。

実は、歳が僕の1つ上。

自分はつくづく生ぬるい環境で育ってきているなと痛感します。

この家族と共に、KESTESというツールを通して、自分も成長していきたい。



ケニアに来てから支援に対する考え方が変わった。

日本にいるときは、支援することに意義を感じていたけれども、

ケニアに来てからは、日本で自分が考えていたことはただの綺麗ごとだったと感じるようになった。

これまでにさまざまなNGOの活動を見せてもらったけど、

やっぱり、支援するときの考え方って家族を持つときの覚悟と一緒なんだなって今は思う。



特に、その考え方を教えてくれたのが、早川千晶さんのマゴソスクール

(ちょっと話が脱線する。)

どんなに格好つけて、ボランティアしてますとか言っても所詮は協力隊員。

日本のみなさんの税金で生活させてもらってるし、

ましてや一協力隊員がケニアの子どもを養えるわけがない。

そんな自分の状況を早川さんの活動と照らし合わせてみると、

やっぱりかなわないと思う。

赤の他人の子どもでも、人種の違う人たちでも、

早川さんはなりふり構わずがむしゃらに、その人たちを守ろうとする。

持続可能なボランティアをするには、やっぱり自分の生活や経済的な基盤ができてないとだめだ。

そんなことを勉強した。



けれども、自分に生活や経済的な基盤がないからといって、

じゃぁ支援をしないというのもまた話が違うと思う。

自分の基盤がないけれども、幸いなことにケニア協力隊員有志の活動としてKESTESが存在する。

一人の力ではできないことを、有志のみんなで力を合わせて実現しよう。

それがKESTESの良いところ。これだけでKESTESの存在意義はある。

実際にKESTESのおかげで、過去に何人もの学生が救われてきた。

自分は今その組織の中にいて、もう一歩踏み込んだ活動をしてみたいと思っている。



奨学生候補生のために、今後の自分の人生の成長のために。

ケニアの未来のために。

とにかく今は、自分にできることをコツコツとやるのみ。

全ての出会いに感謝しながら、また明日も頑張る!


KESTESホームページはこちらをクリック




*ケニアシリング・・・1ケニアシリング=約1円

*高校4年生・・・ケニアの高校は1年生から4年生まである。


Posted on 2011/12/02 Fri. 00:19 [edit]

category: KESTES

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02

【No.75】新たな出会い 

つい2週間前の話。

KESTESの全体メールで、委員長から新たな支援担当者を探しているというメールが流れた。

内容をよく読んでいくと、8月にブースを出展したキベラマラソンで、

KESTESのことを知ったお母さんが、子どもを支援して欲しいと委員長に電話をしてきたとのことだった。

KESTESの規約では成績がC+以上か学年20位以内という厳しい条件があるが、

委員長が後日直に会ってお母さんと面接をし、

成績表の確認もしたところその条件を軽くクリアしていたので、

12月18日のKESTES定例総会で精査をするために動き出した。

けれどもKESTESの規約では、成績がC+以上か学年20位以内という条件の他に、

任期が1年以上のケニアの協力隊員が推薦する子どもという、もう一つの条件がある。

これまでは、協力隊員配属先の生徒を奨学生として申請するパターンがほとんどだったため、

外部から奨学生を受入れるというのははじめてのこと。

とりあえず、メールを見てすぐに委員長に電話。

電話では、どういう子どもなのか、自分には担当者になる権利があるのかなどなど、

いろいろと話を聞いた。

話の中でわかってきたことは、セカンダリの4年生の女の子であるということ。

自分は任期1年を切ってしまっているので、担当者にはなれないということだった。

委員長としても、今回の奨学生が協力隊員の配属先でないということと、

奨学生対象者が女の子ということで、女性隊員の担当者を希望したいということだったので、

まず、自分が副担当者になるという状件で、近くの女性隊員を探し回った。

結果、ナイロビから2時間ぐらいのところで活動している女性隊員に話をして、

彼女が是非奨学生の担当者になりたいということだったので、

その旨を委員長に話して、昨日、委員長、女性隊員、自分の3人で、

ナイロビから車で3時間ぐらいのカラティナという町にある

女の子が通っている高校を日帰り訪問してきた。

学校訪問の目的は、学費に未払いがないかを確認すること、

本人から奨学生を希望するという意思表示のためのサインをもらうこと、

学校長から推薦のサインをもらうこと、

実際に本人に面接して、奨学生としてふさわしい学生であるかを確認すること、

担任の先生に会って、本人がどんな生徒なのかを聞くことだった。



学費の未払いに関しては、KESTESでは支払いができないことになっている。

というのも、未払いをKESTES財源から支払ってしまうと、

協力隊員と出会った時期や奨学生を推薦した時期よりも前からその生徒を支援してしまうことになり、

周りの奨学生との間に不公平が生じてしまうからである。

そうした細かいことを一つ一つ調査して、

条件が整ったところで、初めて奨学生として精査を受ける権利が発生する。



実際に本人に出会う前に、担任の先生に会って話を聞いたところ、

生活態度も非常にまじめで、よく勉強に励むという生徒らしく、

担任の先生も誇らしげに自分の教え子のタームⅢの成績を見せてくれた。

成績を確認したところ、成績はタームⅡよりも上がっていた。

こうした確認をすることができたので、いよいよ本人と対面することになった。

本人との対面は教員2名、KESTES委員3名の合計5名が立ち会って行われた。

また、周囲のことを配慮して、本人を別室に呼んで話を行った。

というのも、数年前にKESTES奨学生として受入れられた生徒が周りからの嫉妬を買って、

その後、学校生活を送りづらくなったことがあったからだ。

幸いにも、その学校には独自路線で開拓した日本語クラブというものがあったので、

学校訪問は、日本語クラブの訪問を名目にして、本人と会うことにした。



いきなり呼び出された本人は、日本語クラブには入っていなかったので、

何で自分が呼び出されたのかわからずに、とても緊張しているようすだった。

お母さんともなかなか連絡が取れていないようで、

KESTESの奨学生として奨学金を受けられるかもしれないという話も全く知らされていなかった。

一連の話を本人にすると、本人は目を潤ませて嬉しそうな顔をした。

奨学金のことを知らされたあの瞬間の彼女の顔は自分にとって一生忘れられないものになると思う。



担当となった女性隊員とのファーストコンタクトも非常によかったようで、

「自分の名前を日本語で書いたらどう書くの?」とか、

「KESTESってどういう意味?」などを始めとして、

女性隊員に対してさまざまな質問をしていた。

とりあえず、第1調査は終了したといった感じ。

あとは、生徒の家族を含めた家庭環境調査が残されている。

しっかりと調査をした上で、その他のKESTES委員を説得できる材料をしっかりと固めて、

彼女をKESTES奨学生として受入れられるように準備を進めていきたい。




この1年数ヶ月のあいだに、自分がKESTES委員として関わってきて感じていた違和感がある。

KESTESの活動は、非常に有意義なものだが、自分の中で不完全燃焼な部分があった。

奨学生を精査する定例総会の場で、多くの奨学生の受入れに自分も関わってきた。

KESTES全員でその子どもを支援するということで、

さまざまな募金活動やイベントを行ってきた。

それが結果的に、奨学生の支援になっているのは事実だから、

自分も奨学生の面倒を見ているとはいえるのだろうけど、

なかなかKESTES奨学生とKESTES委員の距離が近くないのが、今の自分の印象。

だから、自分も奨学生を担当してみたいという気持ちを随分前から持っていた。

そんな気持ちが通じたのか、今回、新たな出会いを与えてもらえることができた。

この出会いを大切にしながら、今後もKESTESの活動に力を入れていきたい。



KESTESホームページはこちらをクリック


Posted on 2011/11/22 Tue. 19:17 [edit]

category: KESTES

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【No.48】Cafe du KESTES 

*・――――――――――;・*・――――*・**―・*・*∵――――――――――――――――――*∵

l BenzoのWeb通信 ――・*・∵

l がじゅまる通信

l【本日のおしながき:Cafe du KESTES】

l                               Vol.48

*∵―――――――――――――――――――――*2011年6月14日発行*∵――――――――*∵

こんばんわ。ケニアよりBenzoです。

最近朝晩がとても寒い!!

ということで、そろそろ古着市に冬物の買出しに行こうかと考えています。

話は変わりますが、最近ケニアのお母さんができました。

めーっちゃいい人で、活動の悩みや色々な相談に乗ってくれます。

ただ、スワヒリ語で会話をするので、

こっちの相談に対して答えてくれたことの半分もBenzoが理解していないという情けなさ。

ごめんなさい。。。ママ。。。




●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●



       Cafe du KESTES



●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●


KESTESネタについて書くのは今回が3回目です。

KESTESに関して知りたい人は、【No.37】を読んでみてくださいね。

正直、通信を書いていて一番力が入ってしまうのがKESTESに関する話を書くときです。

成績が優秀なのにもかかわらず、

貧しさのためにセカンダリーの学校(日本でいったら中3から高3まで)を

追いやられるかもしれないという不安を抱える子どもたち。

KESTESではそんな子どもたちを支援しています。

KESTESは、現在30人のケニア青年海外協力隊の有志が集まって

子どもたちの支援活動をしています。

Benzoも参加していますが、KESTESに参加してみて本当によかったと思っています。

その理由、困っている人たちを助けるためには、やっぱり少なからずお金が必要なんです。

このことについて、最近は本当にシビアに考えるようになりました。

支援する子どもたちというのは、Benzoにとっては家族も同然。

その子を支援すると決めたら、その子が無事セカンダリーの学校を卒業するまで、

責任を持って最後まで面倒を見てあげたいというのが、今のBenzoの本音です。

そのためだったら、どんなことをしてでもその子たちの学費を作らないといけない。

そういうふうに思っています。

今回KESTESで自主的に協力隊員やJICA関係者向けに

Cafeを企画したのもそんな理由からです。

色々なアイデアの中からCafeを企画したのは理由があります。

募金をしてくれる人に楽しい時間をすごしてもらいたい。

今までに、活動との両立が難しくて、仕方なくKESTESの活動を断念した協力隊員の仲間が、

イベントを通して子どもたちと再びつながれる機会を作りたい。

そんな想いから、何かイベントを企画しようと思い立ちました。

Cafeを企画したのは、とあるところからヒントを得たからです。

ケニアに来る前に、横浜の戸塚で出会った明治学院大学の学生たちが、

楽しそうにCafe事業を展開していて、それにBenzoも混ぜてもらって活動したことが、

このCafeイベントを立ち上げる大きなヒントになりました。

このCafe事業が、残りの任期1年3ヵ月半でどのように変わっていくのかは

まだまだよくわかりません。

けれども、きっといい方向へ進んでいくはず。

そう信じています。

今回は、映画とバーベキューをしました。

今回のイベントで集まった金額は8,100Ksh(≒7,200円)。

第1回目にしてはまずまずの金額でした。

JICAケニア事務所関係者ならびに、ケニア協力隊員のみなさま、

ハランベェのご協力ありがとうございました。

Cafe du KESTES①

Cafe du KESTES②


気がついてみれば、今日の通信、日本の高校生や中学生にはちーと難しかったかな??

また、みんなが楽しめるような学級通信を書くので楽しみにしておいてください。

Posted on 2011/06/14 Tue. 21:12 [edit]

category: KESTES

thread: 青年海外協力隊(JOCV)  -  janre: 福祉・ボランティア

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