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【No.95】何かが変わったかなと思えた瞬間 

ケニア生活も1年4ヶ月が過ぎた今日このごろ。

最近、やっと同僚と冗談が言い合えるようになりました。

新しいディピューティーマネージャー(マネージャー代理)が来てからというもの、

素晴らしい変化ばかりが訪れている気がします。

同僚の自分に対する対応もだいぶ柔らかくなった。

この1年、同僚とはいがみ合って過ごしてきました。

でも、オフィスが同僚のオフィスと統合されてからというもの、

同僚も自分もお互いの仕事ぶりがガラス張りになったので、

お互いの仕事に対して少しずつだけど理解ができるようになってきました。

予定や計画などについても、相変わらず急な変更はあるものの、

それでも、急な変更にともなう自分の活動の予定変更について

同僚も柔軟に対応してくれるようになり、話し合いが上手にできるようになってきました。

そのおかげで、自分の1ヶ月2ヶ月先のザックリとした活動予定がうまく調整できるようになってきた。

今までは本当に先が見えなくて闇雲な感じで目の前の活動に必死になってたから、

ストレスが溜まることが本当に多かった。

けれども、先が見えるようになったおかげで、ストレスがゼロとまではいかないものの、

過渡期に比べたら半分以上、いやもっとストレスがなくなっている。

そんな状態で毎日同僚と顔を合わせ、一緒に仕事をしていると、

ケニア人である彼らの素顔もしっかりと見えてくる。

うちの施設は、意外とおちゃめでイタズラ好きのスタッフが多い。

ここ最近、同僚とはよく自分の帰国のときの話になる。

そんな今日の帰国の話題。

自分がいつも活動で使っているギターを見て、

「Tomohiro!お前帰国するときにそのギターおいていけよ。」

「なんで?」

「だってそれ、人から貰ったやつだろ?おいていけよ。」

「だめだめ、これ日本に持って帰るんだから。」

「何いってんだ。お前が日本に持って帰らなくちゃいけないのはギターじゃなくてウンガだ!」

「いやだよ。日本に持って帰っても誰も喜ばないしな。」

「ウンガ50キロ持って帰れ~。」

「ほんなら、お前が俺にお土産用のウンガ50キロ買うてくれや。

あ、あと日本への送料も一緒によろしく頼むで。ギターより高つくど~。(^皿^)」

「なにいってんねん!それなら自分のためにウンガ50キロ買うわ~。」

「はいはいはい、そうしてくださいな。」



・・・・・・・・・。



というようなやりとりがほぼ毎日。

因みに、ウンガとはケニア人の主食ウガリの原料です。

そんなアホっぽいやりとりがあるかと思えば、こんな会話も。



今日は、明日のイベント(今朝知った)のおかげで、

午後の授業は明日のイベントの授業で潰れる。

仕方がないから、5ヶ月ほったらかしにしていた備品の整理に着手。

未だスポーツ用品が前のオフィスの倉庫内で管理されていたのを

空き時間を利用して職員室に持ってきて整理をすることにした。

自分が持っているのは職員室の鍵だけなのでできれば備品は職員室に置きたい。

ということで、職員室に備品を持ち込むと・・・

「Tomohiro、備品は図書館に持って行けよ。ここだと狭くて困る。」

「いや無理だよ。図書館の鍵持ってないから。」

「そんなの合鍵をもらったらいいじゃないか。」

「それをこの5ヶ月お願いしてるのに、パパー(教務主任)がくれないからあきらめたの!」

「なら、副主任から鍵借りて管理したらいいだろが!!」

「おまえなー。放課後のサッカーってお前らが帰ったあともやってるのよ?」

「それが?」

「え?わからんの?つまり鍵をいちいち借りてたら毎日副主任の帰る時間が一番遅くなるだろ!?」

「あーそうか・・・。」

「それだったら職員室においておいたほうがまだみんなの業務的に楽やろ?」

「お前ってすごく頭いいな。」

『いや、普通だと思うけどな・・・。(0.001秒)』

というようなやりとりがあって、(以前はこのやりとりすらできなかった。)

ほかの同僚が、「じゃぁ、ここに備品を置くしかないか。どこがいいかな・・・。」

とあちこちを検討し、空のロッカーをそのまた他の同僚がどこかからか見つけてきて、

結果そこを備品庫にすることに。

めでたく備品は職員室に置けることに。

この一連のやりとり、1年前の自分じゃ考えられない。

なーんか、自分が成長したのか、

それとも同僚が自分に理解を示してくれるようになったのか・・・?

それはいまだにわかりませんが、そんな感じで最近活動できている自分には嬉しいものがある。

まぁ、また凹む時期も来るのでしょうが、それでも歯車がかみ合い始めた今、

残りの任期を満足行くもので終わらせたいと思うわけです。


















さ~て、どんな活動をしようか・・・。(笑)



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Posted on 2012/01/26 Thu. 22:09 [edit]

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26

【No.78】ブブゼラのせいでぷち国際問題 

今日の午前中はミーティングでした。

話し合いの内容は、明日の保護者会の運営に関して。

ただ、ミーティング自体は昼ご飯をどうするかで9割を占め、

進行等に関してはほとんど触れられず。

活動が1年も経つと、こういった部分に腹立たしさを感じることはなくなり、

むしろケニア人のユーモアだと思ってしまう。

この判断が正しいのかどうかはわかりませんが。(笑)

そんなミーティングで唯一問題視されたのが音響について。

配属先では、めっちゃボロいけど、一応音響セットを一式揃えています。

ただ、今の時期は小雨季ということで、雨季特有の停電がよくあります。

保護者会中に停電になったらどうするんだ!

という意見が同僚から提起され、

みんなで真剣に悩んだ挙句、沈黙すること約1分間(たぶん)。

教務主任の先生、通称『パパー』が、「そうだ!ブブゼラを使おう!!」と言い出した。

同僚一同、「ブブゼラ!?」と顔を見合わせて、斬新だと思われるパパーの意見に大注目。

自分もパパーの次の言葉を固唾を飲み込んで待っていると、

「Tomohiro!!おまえブブゼラ持ってるだろう!?明日俺たちに貸してはくれないか?」と

いきなりパパーが自分にキラーパス!!

へっ!?ニメシャンガー(びっくり)やで!!

自分はブブゼラなんか持ってないし!!!

「パパー、俺ブブゼラなんか持ってへんよ!!」

と、当然の返答をすると、

ぱ「うそつけ!お前この前のサッカー大会でブブゼラ使ってたやんけ!!」

べ「いやいやいや、ブブゼラなんか全く使ってへんし!」

ぱ「俺たちが困っているのに力を貸してくれないのか??」

べ「いや、持っていないものは持っていない。そんなこと頼まれても困るだけや。」

正直、ハートniシュートのときはブブゼラもどきを図工の授業で作って、

子どもたちの応援グッズにしようと思って、パパーに事前に相談していたけど、

結局忙しすぎてブブゼラもどきを用意できなかった。

パパーはそのことを言っているのだと思い、

「パパー、ブブゼラは結局作れなかってんど、

それに厳粛な式でブブゼラなんか使ったら式が台無しや!」

と意見を言うと、

「何言うてんねん!お前サッカー大会の厳粛な開会式でブブゼラ使ってたやんか!」

と、パパー。

ん・・・?

開会式??ブブゼラ??(考えること2秒)

あー!!あれのことね!!

















IMGP1661.jpg

因みに、この人うちのマネージャーです。















パパーが言っていたのは、拡声器のこと。

『サッカー大会』、『ブブゼラ』っていうキーワード出されて

拡声器を連想しろといわれても難しいし!!

まぁ、アフリカに拡声器は普及していないから、

Megahoneという名前が出てこないのは仕方ないけど。(笑)

でも、ブブゼラはないやろー、ブブゼラはー。

「パパー、あれはMegahoneっていうねんで。(笑)」

というと、同僚一同大爆笑。

アフリカにはお笑いのねたがたくさん転がっているのではないかと

真剣に思ってしまった今日の出来事でした。

お後がよろしいようで。

ちゃんちゃん!

注)本日のブログ記事は若干誇張しています。(笑)

Posted on 2011/11/24 Thu. 19:32 [edit]

category: 国際理解

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24

【No.68】冗談が言えるような仲 

今日、タウン帰りのマタツの中のできごと。

隣に座ったケニア人の兄ちゃんが、携帯電話のプリペイドカードを指差して、

「おい、おまえこの数字読めるか?スクラッチの部分削りすぎてシリアル番号まで削ってしまった。」

と、自分にSOS。

よーく見ると、左端の数字の上部が微妙に削れてる。

自分「あ~、これは神様でも舞い降りてこなくちゃ読めないよ~。」と、軽く冗談。

ケニア人「なんてことだ、おまえは神の僕だったのか?」

彼が冗談に乗ってくれたのか、本気にしたのかは定かではない。

が、よーく見てみると、「701」と読んで見てとることができた。

で、「701って書いてあるみたいだぜ、運がよかったらチャージできると思うよ。」といってやると

嬉しそうにプリペイドのシリアル番号を入力してチャージしていた。

で、そのあと、「おい、チャージできたよありがとう!神様お礼にソーダーおごらせてよ。」

と、兄ちゃんホクホク。

ケニアに来て、見ず知らずのケニア人から始めてソーダーをおごってもらった。

彼は、冗談で俺のことを神の僕だと言ったのだろうか?

それとも、本気で俺のことを神の僕だと思ったのだろうか?

後者だったら大変申し訳ないな。。。。

と思いながら、彼と別れた帰り道。

1年前だったら、状況がわかっててもスリや詐欺師と勝手に決め付けて、しかとしてたな。

そんな1年前の自分を振り返ってちょっと反省。

まぁ、でも言い訳すると首都って犯罪多いし、首都の人ってなんか冷たいしで、

まぁ、なかなかケニア人を理解できなかったというのが本音で・・・・。

でもまぁ、残り1年はケニア生活を楽しめそうです。


Posted on 2011/10/05 Wed. 20:00 [edit]

category: 国際理解

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05

【No.36】命の樹、モリンガ 

*・――――――――――;・*・――――*・**―・*・*∵――――――――――――――――――*∵

l BenzoのWeb通信 ――・*・∵

l がじゅまる通信

l【本日のおしながき:命の樹、モリンガ】

l                                             Vol.36

*∵―――――――――――――――――――――*2011年4月26日発行*∵――――――――*∵

皆さんこんにちは。最近、活動が本格化し始めて、色々とアイデアがぽんぽん浮かんできます。

とっても嬉しいことですが、アイデアは浮かんできてもなかなか実行できず。

それでも、試行錯誤を楽しみながら毎日楽しく活動しています。

そんな最近のBenzoの姿を見てか、ケニア人の同僚の先生が

「Tomohiro、あなたに紹介したい女性がいるのよ~。会ってみない~?」

と、お見合いを持ちかけてくれました。

最初は冗談だと思って、話半分で同調していたら、どうやら同僚は本気の様子。

「もう、結婚適齢期なんだからさっさと結婚しちゃいなさいよ。」と本気でした。

いやいや、Benzoはそんな気はまったくないよと、最後は丁重にお断りしましたが。

あとから他の同僚から聞いた話によると、どうやら彼女の娘さんが花婿募集中だそうで。

女性協力隊員が現地の人に求婚される話しはよく聴きますが、

今回のようなケースはよくあることなのかなぁ??




●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●


          命の樹、モリンガ


●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●

さて、先輩隊員任地訪問第2弾。

今回訪問した先輩は、ケニア西部でエイズ対策隊員として活動しておられます。

今回訪問してきたのは、ケニア第3の都市キスムからマタツで2時間ほど行ったところにある

ボンドという小さな町にある県立のとある病院。

ボンドの町


県立病院


ここの病院で先輩はエイズ対策隊員として、日々、精力的な活動をしています。

先輩隊員の活動は健康管理、栄養指導といったもので、

現場最前線で働くナースと一緒に活動しています。

先輩隊員は、この1年3ヶ月の活動の中で、ケニアの現地にあるもので栄養価の高いものを探し出し、

それを栄養指導の一環に取り入れて活動してきました。

エイズをはじめとする感染症やその他もろもろの病気を治したり、

悪化させないためには、きちんとした栄養管理が必要なのです。

徹底した栄養管理は、人間の細菌や病気に対する抵抗力を高めてくれます。

患者さんに対してそうした状況を少しでも整えるために、

先輩隊員が探し出してきた植物がモリンガ。

モリンガの苗


モリンガは東アフリカやインドなどの熱帯から亜熱帯地域に生息する植物で、

その種や葉はとても栄養価が高いとされていて、生命の木とも呼ばれています。

ケニアには日本のような健康保険制度がないので、

低所得者の人たちはなかなか継続して薬を飲むことができなかったり、

定期的に病院に通うことができなかったりします。

そんな人たちが、少しでも安定した栄養がとれるようにと、

先輩隊員は、入院中の患者さんたちにモリンガを使った食事指導をしたり、

モリンガの苗を育て、退院していく患者さんたちに配ったりと、

医療従事者の視点をさらに超えて、ケニアの状況に即した活動をしています。

彼の活動を見ていて、アフガニスタンで活動するペシャワール会の中村哲医師を思い出しました。

これまでに3人の先輩隊員の任地を訪問してきましたが、

どの先輩も、日本で得た経験や知識をケニアの状況に合わせた形で活動している姿が印象的でした。

Benzoも、ケニアの状況に合わせた活動をしながら残りの期間を過ごせたらいいなと思いました。





ところで・・・

例えば、誰かにこんな質問をされたとします。

人の生死について詳しく説明してください。

君たちは、この質問に対してしっかりと答えられるでしょうか。

Benzoは、何年もこのことについて考えてきました。

けれども、未だにその答えは出てきません。

いやたぶん、一生答えは出てこないし、しっかりと説明だってできないと思います。

よく、日本の学校では「命を大切にしよう。」と教えてくれますね。

そのこと自体は、とても大切なことで他の何にも変えがたいことでしょう。

けれども、日本にいると生死について身近に考えることもできないし、

ましてや、体験することもできません。

きみは日本で1年間に何度くらい生命の誕生に出会うことがありますか?

きみは日本で1年に何度くらい生命の終わる瞬間に立ち会うことがありますか?

おそらく、多くて1回ぐらいではないでしょうか。

でも、世界には年に何度も人の生死に立ち会わなければならない人たちがいます。

毎日のように赤ちゃんが生まれては、毎日のように子どもや大人が亡くなっていく場所が

世界中の色々な場所に沢山あるのです。

日本の普通が普通じゃない場所がたくさんあるのです。

今回、先輩隊員の配属先の病院で、そのことを痛感しました。

先輩退院の病院には約2日間訪問しました。

初日、病院を訪問すると嬉しいニュースがありました。

双子の赤ちゃんが生まれたばかりでした。

生まれて本当に間もない赤ちゃんをBenzoは、自分の人生で初めて見ました。

ただ、彼らは生まれながらにして、すぐに超えなければならないハードルがありました。

Benzoは妊娠や出産のことについてはあまり詳しくありませんが、

ケニア人は双子の場合、未熟児で生まれるケースがほとんどだそうです。

彼らもまた、未熟児でした。

それでも、彼らはケニアの環境の中でたくましく生きていかねばなりません。

彼らは人工保育器の中で頑張っていました。

いつ停電し、器械が止まってしまうかも知れない、

そういう状況の中で、彼らは命を燃やしていました。

翌日、病院に行くと、先輩隊員から「昨日生まれた双子の一人が亡くなったよ」と一言。

病室に行くと、彼女はベッドの上にタオルを巻かれて横たえられていました。

表情は安らかで、まだ生きているんじゃないのか、

寝ているだけなんじゃないのかと思うほどでした。

もう一人の子は、人工保育器の中でまだ命を燃やしていました。

頑張れという言葉があまり好きではないBenzoですが、

思わず、「頑張れ」と彼につぶやいていました。

IMG_2151.jpg


けれども、その想いは届かず、自分たちが先輩の任地を離れたその日の午後、

彼は亡くなりました。





病院には、その他の患者さんも入院しています。

小児病棟には、背中に大きな傷を負った少年が入院していました。

病室に入ると、彼はうつぶせに寝かされた状態で

言葉では言い表せないような物悲しい声で泣いていました。

聞けば、お父さんにパンガで背中を切りつけられたとのことでした。

パンガとは、草刈をするときに使用する下の写真のような大きな刃物のことです。

右側のやつがパンガ


たぶん、君たちの多くはこう考えることでしょう。

「なんてひどいお父さんなんだ!子どもがかわいそうだ!」

そう考えるのは間違っていないし、普通のことだと思います。

でも、みんなにはもう少し踏み込んで考えてもらいたいと思うのです。

「この子のお父さんをここまで追い込んでしまった原因はなんなのか。」と。

全ての物事には、原因があり結果があります。

もしかしたら、この家庭はお母さんがいなかったかもしれない。

もしかしたら、このお父さんは毎日仕事を探し回っていたけれども

仕事が全く見つからなかったのかもしれない。

もしかしたら、とても理不尽な理由で家族が家を追い出されてしまったのかもしれない。

原因は分かりません。彼のお父さんと話しをしたわけではないので。

けれども、Benzoが推測したようなことはケニアではよくある普通のことです。

きっと何か病むに病まれない理由があったはず。

貧困は、人の心を恐ろしいほどに蝕んでいきます。

途上国におけるチャイルド・アビューズ(児童虐待)は、

先進国のそれとはまた別のバックグラウンドがあるようです。

Benzoは彼に笑いかけてあげることしかできませんでした。

そんなふうに彼の前で立ち尽くすBenzoの横にいた先輩隊員。

彼は自分の鞄から飴玉を取り出して、その皮をむき、

そっと彼の口に入れてあげていました。



病院にはもう一人、印象的な少年がいました。

マラリアにかかって、路上で倒れていたところを病院に保護された孤児。

親に捨てられ、行く当てもなく、さまよいながら路上で生活してきた彼。

けれども、路上での生活が彼にマラリアを患わせました。

マラリアにかかったのが不幸中の幸いだったのか、

彼は病院に保護され、今は病院で親が迎えに来るのを毎日待っています。

IMG_2144.jpg


先輩隊員の話では、もし彼の親が迎えに来れば、

彼は学校にも通うことができるようになるとのことでした。

けれども、親は一度病院に彼に会いにきましたが、彼を連れては帰りませんでした。

なぜ、彼の親は彼を連れて帰らなかったのでしょうか・・・。

いや、なぜ彼を連れて帰れなかったのでしょうか・・・。

物事の全てには、原因があり、結果があります。

日本の常識では考えられないような状況。

そんな状況が、世界のあちこちに渦巻いています。

みんなにもそんな世界を感じて欲しいなとBenzoは心の底から思っています。






話は変わりますが、みんなは「ホテル・ルワンダ」という映画を見たことがありますか?

この映画は2007年に製作されたもので、

今から約20年前に起こったルワンダの内戦を描いた映画なのですが、

その映画のワンシーンに忘れられない台詞があります。

とある新聞記者の言った台詞です。




どれだけ自分たちが一生懸命状況を伝えても、

テレビの向こうの視聴者は『あら大変ね』といって、

何事もなかったかのようにその出来事をすぐ忘れてしまう。





たぶん、この学級通信を読んでいるみんなの多くも、そうなってしまうかもしれない。

でも、知るだけでなく、実際に経験して欲しいと思うのがBenzoの本音です。

いつか大人になったら、今、学校で勉強していることを確かめるために、世界に飛び出してみてください。

そこでは多くのことに対して答えが出ないかもしれないけれども、

見て、触って、感じることがとても大切。

世界には、君の知らないことがまだまだたくさんあります。

Posted on 2011/04/26 Tue. 15:08 [edit]

category: 国際理解

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26

なくして気づいた大切なもの 

*・――――――――――;・*・――――*・**―・*・*∵――――――――――――――――――*∵

l BenzoのWeb通信 ――・*・∵

l がじゅまる通信

l【本日のおしながき:なくして気づいた大切なもの】

l                                             Vol.27

*∵―――――――――――――――――――――*2010 年2月17日発行*∵―――――――*∵

みなさんこんばんわ、Benzoです。

日本からの桜の便り(合格の報告)もちらほらと聞こえてくる今日この頃、

みんな元気かな?

「俺まだ進路決まってないわ~。」というそこの君。

あせらんでも大丈夫。

大切なのはまわりとの比較ではなく、自分との我慢比べやで。

最後まで、自分を見失わずに自分を信じてやってみよう。





●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●

     なくして気づいた大切なもの

●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●´ω`●


最近のBenzo、1月から今週半ばにかけて、とてもしんどい毎日を送っていた。

理由は簡単、2つある。

草の根ボランティアのあり方を考えさせられたことと、

日本人とケニア人の考え方の違いについて考えさせられたこと。

草の根ボランティアについては、本真によくわからへん。

日本のことわざで、「小さな親切、大きなお世話。」ってものがあるけど、

草の根ボランティアもまさにそのとおり。

ボランティアも行き過ぎると、現場の人々を甘やかすことになる。

どこまで入り込んだらいいのか・・・。

首を突っ込みすぎてもいけないし、かといって一線引きすぎるのもよくない。

本真に毎日悩みは尽きない。

自分との考え方が完全に同じ人なんてこの世にいない上に、

さらに文化的な考え方が違うケニア人と毎日関わっていると、

本当にいらいらすることが多々ある。

ポレポレの国ケニアでは、先生が授業に遅れてくることはよくある。

最近まで、「なんで自分の仕事がちゃんとできひんねん!!!」と思っていた。

そんな中、同僚の先生と今週火曜日についに衝突!

原因は、同僚の先生と一緒に使っている自分のオフィスで、

Benzoの英語スワヒリ辞典がなくなった。

前日は、Benzoがストレスからか(?)熱を出して休んでいた。

金曜日に自分のオフィスを片付けたときはそこにあったのに、

火曜日に出勤してきたらなくなっている!!

あの辞書がないと、マジで仕事にならへんのさ。

ワシの商売道具どこさいった~!!(怒)

僕らのオフィスで鍵を持っているのはBenzoとその同僚の先生だけ。

直感で絶対「あの先生や!!」と思い込むBenzo。

Benzo、同僚の先生を問い詰める。

けれども同僚の先生は俺じゃないと言い張る。

実はこれまでにも、ペン、鉛筆、消しゴムなどの

生徒の貸し出し用の文房具がたくさんなくなっていた。

同僚の先生はBenzoに「お前がしっかり管理しろ。」と言いながらも、

なくなるのは必ず自分がオフィスにいないときやった。

本来なら、そういうときに毎回毎回しっかりと話をしておけばよかったんやけど、

そこを我慢して、これまでやってきたわけ。

学校の予算も少ないから、本当に物を大事にしてほしいんやけど、

日本人と違って、ケニア人は友達同士や先生同士で普通に貸し借りして、

自分のところに戻ってこなくてもなんとも思わない。

そういう考え方が普通なんだと思って、これまでがまんしてきたBenzo。

けど、それがやっぱり間違いだった。

たぶん、今までなくなったものが自分のとちゃう、学校のものやったから、

どこか他人事だったっていうのも反省材料の一つ。

同僚の先生は「今、上司の先生に報告してくる!」

と早口のスワヒリ語で一言言ってオフィスを出て行ったが、

スワヒリ語の聞き取りや理解がまだ完璧にできないBenzo。

その上に、脳みそが沸騰(ふっとう)しているから冷静な判断ができない。

出て行った同僚の先生を追いかけてとっ捕まえて、

英語で「逃げるな盗人!」と怒鳴り散らす。

とうとう冷静だった同僚の先生も、マジ切れしてしまった。

そうなると口では勝ち目のないBenzo。

相手を言いつぶせるほど流暢(りゅうちょう)な英語もスワヒリ語も話せないから。

ここで、一歩引いてゆっくりと話を聞いていくことにした。

オフィスに戻って二人でしばらくスワヒリ語と英語でやり取りしていると、

同僚が「上司の先生に報告してくると言ったんだ。」と再度Benzoに話をする。

そこで、大きな間違いを犯(おか)したと気づいたBenzo。

「Pole sana.」と「I'm sorry」を連呼。(汗)

けれどもよく聴くと、前日の月曜日は同僚の先生が生徒をかなり多く出入りさせていたらしく、

もう誰が入ってきていたのか分からない状態だったと言う。

全く何やってんだー!!!!!!!!!

あとから二人で、主任の先生に事の一部始終を報告に行くと、

「お前(Benzoのこと)もっとコミュニケーションをたくさんとれ!!」

「お前(同僚のこと)もスワヒリ語だけじゃなくって、英語をもう少し使ってやれ。」

「それとオフィスへの生徒の立ち入りは絶対に禁止~!!」

と二人して怒られてしまった。

確かに、自分のオフィスを学校側の好意で用意してくれたからといって、

今まで自分のオフィスにこもりっきりで仕事していたのはよくないわな。

それじゃぁ、コミュニケーションもくそもないわな。

改めて自分も反省しました。

明けて水曜日、自分のオフィスに荷物を置いて、外から二重に鍵を閉めて、

職員室に行く。

仕事がないときは、そこで英語かスワヒリ語の勉強をする。

英語とスワヒリ語の勉強はこれまでもやっていたけれども、

今までは自分のオフィスにこもってやっていた。

でも、職員室だと分からないところ(特にスワヒリ語)はまわりの先生に聞くことができる。

そうしたら、結構コミュニケーションが取れるもんだ。

今日も暇(ひま)そうにしていると、ある先生が、

「Morioka、お前は昨日のアーセナルの試合を見たか?」と話しかけてきた。

残念ながら、Benzoの家にはテレビなる現代的なものがないから、

「ムワリム(先生)うちテレビないねん。」というと、

「今度仕事が終わったら一緒にバーでサッカー観戦しようぜ!」と誘ってくれた。

そして話題は「日本とケニアの食文化の違い」へと変わっていき、

とある先生がマサイ族の出身であることも知りちょっとびっくりした。

今は雑用ばかりだけど、職員室にいると、

仕事がなくてひまをもてあましているBenzoに、仕事をくれる。

今までだったら、「俺はこんなことしにケニアまで来たんちゃうぞ!」って思っていたが、

この雑用もコミュニケーションの一部と見方を変えてみると、

なんというか、前向きに考えることができる。

遅れて出勤してきた先生の授業の穴を埋めるために、

空き授業に入ることも今までは、「しっかりせぇや!仕事に責任もてや!」

と思っていたが、ケニアの子どもたちに勉強を教えることは自分にとって嬉しいことで、

ケニアの子どもたちともコミュニケーションをとるいい機会と考えると、

これまた前向きに考えることができる。

辞書はなくなったが、今回の出来事が代わりに大切なものを発見させてくれたなぁ。

今週もあと1日。明日もきっと良いことがある。

頑張るぞ~!!


Posted on 2011/02/17 Thu. 21:30 [edit]

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